義経は卑怯者だった!?

源平合戦に登場し、兵士を最後は滅亡させた源義経、歴史漫画でカッコよく書かれる事も多いでしょう。しかし、実は義経は卑怯者だったと聞いたら、皆さんどう思うでしょうか?

歴史は勝者に優位に語られるとはよく言ったもので皆さんそう言われても「え?」って言われることも多いかと思います。でもこれ事実なんです。「じゃあ証拠を見せてよ」っと言われる方も多いと思いますのでお教えします。

まず、一の谷の戦いから申し上げます。実は一の谷の合戦の前に後白河法皇の仲介で停戦の和議が結ばれることになっていました。もちろんこれは後白河法皇の作戦なんですが、何はともあれ停戦協定が結ばれる事にはなっていたんです。

だから平氏側は不意打ちを避ける範囲では兵力を残してはいましたが、それ以外は非武装の状態も作っていました。しかし義経は「これこそ利用できる大チャンスだ」と踏んで東側を停戦状態にし、背後の鵯越を最終的に敢行する場所に自分を大将にして僅かの兵を率いて襲い掛かったんです。

当時の停戦協定のどれほどの効力があったかはわかりませんが、間違いなく義経はやってしまったのです。

そして壇ノ浦の戦いにおいては最低の事をやります。この壇ノ浦の戦いは海戦だったのですが当時の不文律として船頭や水主といった武器を持たず直接海戦に参加していないものは殺してはいけないというものがありました。

しかし義経は「海戦に参加している以上、兵士と同等に殺せ」と命令を下しました。結果、兵士は滅亡しましたが、義経もその4年後に殺されました。因果応報とでもいうべきでしょうか…